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相続人が海外在住(在留邦人・国外居住)の場合の相続手続きの進め方

相続人の中に「海外居住の人」が含まれている場合、日本の在住する相続人のみの一般的な相続事例とは異なる対応が要求されます。手間や時間もかかるので、早めに遺産分割の準備を始めましょう。

今回は相続人が海外居住(在留邦人、国外居住)の場合の相続手続きの進め方を解説します。

海外居住の相続人がいる事案で相続人となった方はぜひ参考にしてみてください。

1.海外居住の親族にも相続権が認められる

そもそも海外居住の親族に相続権が認められるのでしょうか?疑問を持つ方もおられます。

日本に住民票がなくても、現地国で帰化していなければ日本人なので、問題なく相続権が認められます。この点はイメージしやすいでしょう。

勘違いされやすいのは現地国で国籍を取得し、日本国籍を失っている方の相続権です。
法律上、日本国籍を失って日本人ではなくなっていても、相続権は失いません。
帰化しても親子などの親族関係が切れるわけではないからです。
日本国籍のない相続人にも相続権がありますし、法定相続分が減らされることもありません。

海外居住で相続権が認められる人
一言で「海外居住」といってもいろいろなパターンがありますが、相続人の中に以下のような人がいれば全員、遺産分割協議に参加して遺産分割しなければなりません。

① 外国に居住している(住民票は日本においている)
② 外国に居住している(住民票は抜いている)
③ 外国に居住している(住民票の有無にかかわらず日本国籍がある、日本に戸籍がある)
④ 外国に居住している(現地に帰化しており日本国籍がない、戸籍も住民票もがなくなっている)

相続人が日本に住民票をおいている①や③のケースでは日本在住の日本人と同様に手続きを進められるので、難しい対応は不要です。
一方、住民票を抜いている②③のパターンや国籍を失っている④のパターンの場合、非常に複雑で一般には広く知られていない手続きをする必要があります。
相続税の申告などには期限もあるので、海外居住の相続人がいる場合、早めに相続の準備を開始しましょう。

以下で海外居住の相続人が相続手続きを進める具体的な方法を解説します。

2.海外居住の相続人が日本国籍で住民票を抜いている場合

海外居住の相続人が相続手続きを進める方法は、相続人が日本国籍かどうかによって異なります。
まずは「日本国籍を失っていないケース」からみていきましょう。

2-1.遺産分割協議に添付する印鑑証明書を取得できない

海外居住で日本の住民票を抜いている方は遺産分割協議書に添付すべき印鑑登録証明書を取得できません。遺産分割協議書とは、相続人全員が話し合って遺産分割方法について合意できたときに作成する合意書のような書面です。

遺産分割協議書には相続人全員が実印で署名押印して、全員分の印鑑登録証明書をつけなければなりません。実印や印鑑登録証明書がない場合、遺産分割協議書があっても不動産の名義変更ができませんし、預貯金の払い戻しなどの相続手続きを進められないケースが多いからです。

ところが実印や印鑑登録証明書は住民票と連動しており、住民登録している市区町村で登録や取得をしなければなりません。
海外居住で住民票がなければ、実印の登録や印鑑登録証明書の取得ができないのです。

2-2.印鑑証明書の代わりに署名証明書を取得する

相続人が海外居住の場合、実印や印鑑登録証明書に代わるものを用意しなければなりません。
具体的には「署名証明書(サイン証明書)」を取得することが可能です。署名証明書とは在外公館の領事が「本人の署名(サイン)と拇印」であるであることを証明してくれる書類です。

海外居住の相続人が遺産分割協議書にサインして拇印を押し、サイン証明書をつければ不動産の名義変更や金融機関での預貯金払い戻しなどの相続手続きができます。

2-3.署名証明書の取得方法

署名証明書を取得するには、海外に居住する相続人本人が在外公館へ申請し、訪問する必要があります。代理人には頼めないので、注意しましょう。

予約をとったら在外公館に赴き、領事の面前で署名と拇印をしてサイン証明書を発行してもらえます。ただし居住国が広大で領事館が居住地から遠い場合などには大変な手間と時間がかかるケースも少なくありません。

高齢や病気などの事情があってどうしても本人が領事館へ行けない場合、公証人などに署名証明書を依頼できるケースもあります。迷ったときには現地の専門家へ相談しましょう。

2-4.住民票の代わりに在留証明書

遺産分割協議にもとづいて遺産を相続する際、住民票が必要になるケースもあります。
日本で住民票を抜いている方は住民票を取得できないので、代わりに「在留証明書」を取得しなければなりません。在留証明書とは、現地の領事館で発給してもらう住所の証明書です。
サイン証明書と在留証明書の両方が必要な場合、事前に領事館へ双方の申請をしておくと訪問回数が1回で済むので簡便です。

なお遠方、高齢、病気などで本人が在外公館へ行けない場合、在留証明書についても公証人などに依頼できる可能性があります。

3.海外居住の相続人が外国籍の場合には宣誓供述書を取得する

海外居住の相続人が現地に帰化して日本国籍を失っている場合、上記の「サイン証明書」や「在留証明書」の発行も受けられません。
これらの証明書は「海外に居住する日本人」を対象とする制度だからです。帰化するとすでに日本人ではなくなっているので、領事館でも書類を発行してもらえません。

また帰化した人は日本での戸籍もなくなってしまいます。相続人を確定するには戸籍謄本(全部事項証明書)が必要ですが、帰化した方については戸籍の謄本も取得できません。

現地で帰化した日本人が相続手続きを進める際には、多くのケースで「宣誓供述書」を用意します。宣誓供述書とは、本人が宣誓した上で話した内容をまとめた書類です。
遺産相続で必要な書類をまとめて宣誓供述書を作成し、現地の公証人の面前で署名して認証を受ければ相続手続きに使えます。

なお現地国で印鑑証明制度や住民票などの制度がある場合、そういった証明書を取得すれば相続手続きに使えるので、宣誓供述書が不要となる可能性があります。

4.海外居住の相続人が相続を希望しない場合

海外居住の相続人の場合、日本の遺産に関心のない方も多いでしょう。
その場合、相続放棄や相続分の放棄、譲渡をすれば遺産分割協議に参加する必要がありません。

4-1.相続放棄

相続放棄とは、相続人が資産も負債も一切承継せず相続人の立場を放棄する申述です。
相続放棄したら、もともと法定相続人でも一切遺産を相続しません。
海外居住の日本人や帰化した方が相続放棄をしたら、遺産を相続しないので遺産分割協議に参加する必要もありません。

ただし相続放棄の申述は、家庭裁判所で行う必要があります。「自分のために相続があったことを知ってから3か月以内」という期限もあるので、早めに対応を進めましょう。
なお「自分のために相続があったことを知ってから」とは自分が相続人の立場になったことを知ってから、という意味です。

4-2.相続分の放棄や譲渡も可能

家庭裁判所で相続放棄しない場合でも、他の相続人へ向かって「相続分を放棄」したり他者へ「相続分を全部譲渡」したりすると、相続せずに済みます。
相続分の放棄とは、一切の資産を相続しない意思表示です。ただ相続分を放棄しても負債は引き継いでしまうので、被相続人に借金や未払金などの負債がある場合には安易に相続分を放棄すべきではありません。

相続分の譲渡は他の相続人やその他の第三者へ自分の相続分を譲渡する方法です。すべての相続分を譲渡すれば資産を相続しないので、遺産分割協議に参加する必要はありません。

相続放棄、相続分の放棄、相続分の譲渡、それぞれ方法や効果が変わってきます。自己判断するとリスクが発生するので、事前に専門家へ相談してから対応を決めましょう。
なお相続放棄の期限は3か月と短くなっているので、早めの相談がおすすめです。

5.海外在住の相続人が手続きを進めるときの対処方法

海外居住の相続人と日本在住の相続人が両方いる場合、一般的には日本在住の相続人へ相続手続きを任せるのが得策です。
相続手続きでは戸籍謄本類の収集や遺産調査などたくさんすべきことがあり、海外居住の方が的確に相続手続きを行うのは困難だからです。

ただ日本の相続人と不仲な場合や日本在住の相続人が高齢、病気の場合、相続人全員が海外居住の場合などには日本在住の相続人に手続きを任せるのが難しくなってしまいます。

専門家へ相続手続きを依頼する

日本に相続手続きを任せられる相続人がいない場合、弁護士などの専門家に相続手続きを依頼しましょう。
相続人同士でもめていなければ弁護士でも司法書士でもかまいませんが、もめてしまったら弁護士にしか紛争解決能力がありません。司法書士には代理交渉能力や代理で調停を申し立てる権限などがないので、もめてしまったら弁護士へ対応を依頼する必要があります。

一方、預貯金の払い戻しは弁護士でも司法書士でも行政書士でも対応できます。不動産の登記は司法書士の取り扱い事項となります。相続手続きによって専門家の種類も異なるので、依頼内容に応じて適切な専門家を選びましょう。

相続に力を入れている事務所であれば一般的に隣接始業と提携しているので、依頼すると登記や税務などの手続きをワンストップで依頼できるケースが多数です。海外居住の相続人がいて対応に困ったらまずは一度、専門家へ問い合わせをするところから始めてみてください。

関連専門家

石山健二(司法書士)

 

この記事を書いた人:元弁護士 福谷陽子

京都大学法学部 在学中に司法試験に合格
勤務弁護士を経て独立、法律事務所を経営する
約10年の弁護士キャリアの後にライターに転身
現在は法律ジャンルを中心に、さまざまなメディアやサイトで積極的に執筆業を行っている

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