相続人が相続しない方法~相続放棄とは~
法定相続人の立場であっても「相続しない」選択は可能です。その方法は「相続放棄」です。 ただし相続放棄にはデメリットや期限があるので、正しく理解しておく必要があります。 |
目次
相続放棄とは
相続放棄とは、資産も負債も含めて一切の遺産相続をしないことです。
配偶者や子どもなどの相続人は、何もしなかったら自然に遺産を相続します。すると資産だけではなく借金などの負債も相続しなければなりません。また他に相続人がいたら遺産分割協議をしなければならないのでトラブルに巻き込まれる可能性もあります。
相続放棄するとはじめから相続人ではなかったことになるので、借金を相続せずに済みます。また他の相続人と遺産を分け合う必要もないので、遺産相続トラブルと関わらずに済みます。
相続放棄のメリット
相続放棄のメリットは以下のような点です。
負債を相続しない
相続放棄すると、負債を相続せずに済みます。借金やローンだけではなく未払いの家賃、滞納光熱費、滞納税金、損害賠償金、連帯保証債務などを含め、あらゆる負債から逃れることができます。被相続人に多額の負債があって明らかに債務超過なケースでは非常に有効な対処方法です。
面倒な遺産相続手続きから外れられる
相続放棄をすると、相続人ではなくなるので相続人調査、相続財産調査、遺産分割協議などしなくて良いですし、不動産や車、株式の名義変更や売却などの面倒な手続きにも関わらずに済みます。
一人に遺産を集中させられる
事業承継で後継者に遺産を集中させたいケースや長男に遺産を譲りたいケースなどでは他の相続人が相続放棄すると簡単に目的を達成できます。
相続放棄のデメリット
資産も相続できない
相続放棄をすると負債だけではなく資産も承継できなくなります。遺産を差引して資産超過となっているときに相続放棄すると損をする可能性があります。
全員が相続放棄すると資産管理と相続財産管理人の選任が必要
相続人になりうる人が全員相続放棄すると、相続放棄した人は不動産などの遺産を適切に管理し続けなければなりません。また速やかに家庭裁判所で「相続財産管理人」を選任し、財産を引き渡す必要があります。相続財産管理人を選任する際には100万円程度の予納金が必要になるケースもあり、大変な手間と費用が発生します。
相続放棄によって相続人がいなくなるケースでは、安易に相続放棄を選択すべきではありません。
相続放棄の期限
基本的な相続放棄の期間
相続放棄は「自分のために相続があってから3か月以内」に手続きしなければなりません。この期間を「熟慮期間」と言います。熟慮期間は通常「相続開始を知ってから3か月」です。この期間を過ぎると家庭裁判所に「相続放棄の申述」をしても受け付けてもらえなくなり、相続放棄できなくなります。
ただし「遺産がない」と信じており、そう信じたことに過失がない場合には相続開始後3か月が経過していても相続放棄が認められる可能性があります。相続開始後3か月が経過していても相続放棄したいなら、あきらめずに弁護士などの専門家に相談してみましょう。解決の糸口をつかめるかも知れません。
熟慮期間伸長の申立について
3か月の熟慮期間内にどうしても相続放棄すべきか決められない場合「熟慮期間伸長の申立」を検討しましょう。熟慮期間伸長の申立とは3か月の熟慮期間を延長してもらうための手続きです。延長が認められたら家庭裁判所の裁量によって数か月間熟慮期間を延ばしてもらえます。
ただし熟慮期間が延長されるのは、延長の必要性がありやむをえない事情がある場合です。
たとえば相続人が海外居住で財産調査が困難なケース、財産が全国に散らばっていて財産内容の把握が難しいケースなどでは伸長を認めてもらいやすくなります。
熟慮期間伸長の申立が通って延長が認められた場合、その期間内に再度申請をすれば、必要性が認められる限り再度の延長も認めてもらえます。
相続放棄の方法
相続放棄するときには、家庭裁判所で「相続放棄の申述」という手続きをしなければなりません。他の相続人などに「相続放棄します」と書いた書面を差し入れても意味がないので注意してください。
管轄の裁判所
相続放棄の申述を行う家庭裁判所は、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
必要書類
- 相続放棄の申述書
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人の戸籍謄本
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍謄本や除籍謄本
申述人が代襲相続人(孫や甥姪など)のケース、親や兄弟姉妹などのケースではさらに多くの戸籍謄本類が必要となります。
費用
- 収入印紙800円
- 連絡用の郵便切手(各家庭裁判所によって異なるので申述前に裁判所に問い合わせて確認しましょう)
手続きの流れ
1 相続放棄の申述書と必要書類を提出する
まずは家庭裁判所へ相続放棄の申述書と必要書類、印紙と郵便切手を提出します。
2 裁判所から「照会書」が送られてくる
申述書提出後しばらくすると、家庭裁判所から「相続放棄に関する照会書」が送られてきます。これは相続放棄に関する事情について相続人に対し質問をする書類です。
3 回答書を提出する
照会書で質問された事項に対し返答をします。
4 裁判所から相続放棄の受理書が送られてくる
特に問題がなければ家庭裁判所から相続放棄の受理書が送られてきます。これで相続放棄は完了です。
申立から相続放棄の受理書が送られてくるまでの間は、だいたい1か月程度です。
受理書をなくしてしまった場合、家庭裁判所に申請すれば「相続放棄の受理証明書」を発行してもらえます。これを債権者に示せば相続放棄したことがわかるので、負債の支払いを求められることはなくなります。
限定承認との違い
相続放棄と似た制度に「限定承認」があります。限定承認も相続債務を免れるために利用されるケースが多数です。
ただ相続放棄と限定承認には違いがあります。
1つは限定承認の場合、資産と負債を清算して資産の方が多ければ、あまった資産を受け取れる点です。限定承認であれば、資産超過でも損をしません。
もう1つの違いは限定承認の場合、法定相続人が全員共同して「限定承認の申述」という手続きをしなければならないことです。相続放棄は各相続人が単独でできますが、限定承認の場合には全員の意見が一致しないと進められません。
また限定承認の場合、手続きが始まってから遺産の清算を行い手続きが終了するまで非常に長い期間がかかります。資産超過の事案で相続人が最終的に遺産を受け取った場合、遺産分割協議を行ってその資産を分配する必要もあります。スピーディに解決できる相続放棄とは全く異なります。
負債を相続したくないケースでは、相続放棄と限定承認それぞれの特徴を知り、適切な方を選択しましょう。
相続放棄も限定承認も熟慮期間の3か月以内に家庭裁判所で手続きする必要があります。法定相続人になったけれど相続したくない方は、一度早めに弁護士などの相続の専門家に相談してみてください。
相続とは何か(全12 回)
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