事業承継、ソコが聞きたい! 第19回 社外への承継
現経営者の親族や自社の役員、従業員への事業承継の見込みがない場合は、外部の事業者に事業を引き継いでもらうことも検討すべきです。社外への事業の引き継ぎには、主にM&Aと呼ばれる手法を利用します。 |
目次
M&Aによる事業承継のメリットとデメリット
M&Aは、そもそも相手があっての話ですし、企業同士の結婚のようなものなのです。必ずしもよいことばかりではないので、自社の実態に合わせて考える必要があります。
M&Aのメリットやデメリットには次のようなものがあります。
M&Aによる事業承継のメリット
○M&Aのメリット1 後継者の候補を外部に広く求められる
他者に会社や事業を買ってもらうため、後継者への経営者教育を行う手間が不要です。
また、親族や社内ではなく、M&Aの市場から候補者を探すことができれば、事業内容にふさわしい、より適性のある後継者を見つけ出せる可能性もあります。
○M&Aのメリット2 従業員の雇用を守れる
M&Aの最大のメリットは、これまでの事業を継続できることです。
事業の継続により、従業員の解雇を回避できる可能性が高まります。必ずしも全員ではないかもしれませんが、従業員を解雇せずに、これまで同様に勤務してもらうことができるのです。
○M&Aのメリット3 事業の譲渡益を得られる
M&Aを行えば、事業を譲り渡した側は相応の対価を得られます。
特に、経営者が高齢化して引退したい場合の事業承継では、事業を譲り渡した後に余生を過ごすための生活資金の確保ができます。
また、買収側から収益性が高い事業と判断してもらえれば、高値で売却できる可能性もあります。
○M&Aのメリット4 取引先との関係が継続できる
買収する側にとって、事業の継続性はメリットになります。
代表者が変わったことによる変化は当然ありますが、販売先に関しては新しい販売ルートをゼロから築き直すのではなく、従来の取引先と継続的に取引できる可能性があります。
M&Aによる事業承継のデメリット
○M&Aのデメリット1 承継先をみつけるまでに時間とコストが掛かる
M&Aは、タイミングやお互いの相性だけではなく、経済の時流に乗ってM&Aの効果が実際に得られるのかなど、判断がむずかしい面も多々あります。
特に中小企業の場合、どこにいるのかもわからない相手へうまくリーチするために、さまざまな支援機関や自社の人脈を最大限に活用しなければなりません。また、仲介業者に依頼する場合には、最低でも2,000万円程度の費用が掛かるようです。
○M&Aのデメリット2 希望する承継先と出会えても交渉に労力が掛かる
よい相手と巡り合えたとしても、M&Aの諸条件の交渉や関係者間で合意を取りつけることなど、超えなければならないハードルはいくつもあります。
交渉事なのでお互いに信用し合うことが第一ですが、諸条件の提示や応答に行き違いなどがあるとこじれる場合も多いので、当事者は非常に神経を使います。
○M&Aのデメリット3 タイミングや運もある
M&Aでは出会いのタイミングや運に左右される場合もあります。
機が熟したときにお互いに合意できるのがM&Aです。制約に至るプロセスでは時機を逃さないなど、タイミングもとても重要です。
○M&Aのデメリット4 企業や事業に魅力がなければ買い手がつかない
残念ながら、どんな企業でもM&Aができる訳ではありません。
M&A市場においては、買う価値のある、魅力のある企業でなければ、承継者をみつけるのはむずかしいでしょう。
M&Aの方法
M&Aといっても、大きく会社組織の変更を伴うものもあれば、組織再編を伴わないものなどもあり、細かなバリエーションまで含めると多数の方法に分かれます。
ここからは、中小企業庁のガイドラインで特に取り上げられている、「株式譲渡」「事業譲渡」「吸収合併」「会社分割」というM&Aの方法を、それぞれのメリットとデメリットも含めて解説します。
M&Aの方法1 株式譲渡する
株式譲渡は、中小企業のM&Aでは最もポピュラーで、最初に検討すべき方法です。
自社が保有している発行済みの株式のすべてを売り渡して、承継先の会社の子会社になる場合です。これまでの経営権が親会社に移るので指揮運営が変わりますが、会社自体は債権債務関係、取引先との契約関係、従業員との雇用関係、許認可等がこれまで同様にすべて存続します。
○株式譲渡のメリット
- 一切の権利関係を承継先の会社に引き継いでもらえるので、現経営者は会社経営の責務から解放される。
- 株式譲渡によって、現金を得ることができる。
- これまで築き上げた会社を組織ごと残すことができる。
- 従業員もこれまでの条件で継続的に雇用される。
○株式譲渡のデメリット
- 会社株式の保有者が複数人存在する場合、所有者全員が合意する必要があるので、株式譲渡の反対者がいる場合には、この手段はとれない。
- 株式を譲り受けたい者が個人事業主の場合は、この手段がとれない。
M&Aの方法2 事業譲渡する
株式譲渡の手段が使えない場合、事業の一部を切り離して譲渡できるかを検討、実行することも多いです。
譲渡する事業の商号使用を含めて一定の営業目的のために機能する財産を譲る、いわば「営業の権利」を売却するのが事業譲渡です。
株式の移転や会社組織の再編は伴いませんが、譲渡事業に含まれる債権債務、契約関係、雇用関係、許認可などを1つ1つ関係者の同意を得ながら切り離して譲渡します。
○事業譲渡のメリット
- 株式譲渡ができない場合でも、事業譲渡によって対価が得られる。
- 会社としては存続し、残った事業を継続できる。
○事業譲渡のデメリット
- 関係者の同意を得る必要があるため、手続きが煩雑になって、時間も労力も掛かる。
- 労働者の意思に反する労働契約を承継先に譲渡することは認められていないので、労働者の1人1人から同意を取りつける必要がある。
- 事業を譲り渡した側の企業は、20年間に渡って、同じ市町村内や隣接する市町村で同一の事業を行えなくなる。
家具販売店を営みながら不動産部門を持つA社は、家具販売事業と不動産事業を切り離し、B社に前者を事業譲渡した。自社に残った不動産事業は、今では主に息子が経営している。
M&Aの方法3 吸収合併する
M&Aでは、2つの会社を1つの会社に合体させる方法もあります。これを吸収合併といいます。
吸収される側の会社の全財産が存続会社へ包括的に移転します。清算手続きは不要ですが、これまでの会社は解散と同じように消滅します。
承継先での事業存続という点で、事業譲渡に似ている吸収合併ですが、詳細な内容については差異があります。
○吸収合併のメリット
- 事業譲渡とは異なり、個々の債権債務や契約関係の個別移転は不要。すべてが一括して存続会社に引き継がれる。
○吸収合併のデメリット
- 債権者異議手続きや合併無効の訴えなどが法律で定められているので、法律の専門家による支援が必要になる。
A社のブランド価値は高く、大手メーカーX社から注目を浴びていた。
X社は子会社であるB社の販売力強化のために、A社のような会社をB社に吸収合併させて相乗効果を図りたいと考えていた。
A社代表は、育て上げたA社の社員のさらなる成長を期待しつつ会社を手放すことを決めて、本人は高齢化に伴い引退した。
M&Aの方法4 会社分割する
会社の一部の権利義務を切り離すのが会社分割です。
切り離された後に残った事業と組織は存続します。切り離したほうの事業と組織は包括的に別会社に移転されるため、事業を売却するのとは違い会社組織の再編になります。
そのため、労働者保護の観点から、労働契約承継法が適用される点に注意が必要です。
すべての労働者あるいは労働組合に対して、会社分割に関する通知や協議、異議申し出の手続きが規定されており、これらに従わなければなりません。したがって、労働法に詳しい専門家に相談する必要があります。
○会社分割のメリット
- 分割する事業に従事している従業員について、分割前の労働条件がそのまま確保される。
- 吸収合併と同様に、分割する事業に関する債権債務や契約関係はすべて一括して存続会社に引き継がれる。したがって、事業譲渡のような個々の合意は不要になる。
○会社分割のデメリット
- 債権者異議手続きや合併無効の訴えの手段が法律で定められているので、法律の専門家による支援が必要になる。
A社は技術力の高い製造会社であるが、承継者である息子は工場経営には興味がなく、入社後に社内でITビジネスを立ち上げた。この事業の売り上げは時流に乗り拡大基調にある。
いっぽうで、少子高齢化に伴う人材不足に悩むB社は、A社の技術者や技術力を喉から手が出るほど欲しかった。
そこで、A社代表の引退を契機に、A社の工場をB社に吸収合併することで話がまとまった。A社はIT企業として今後の経営を息子に任された。
M&Aを成功させるためのポイント
M&Aは相手あっての交渉事なので、人間的な感情や思惑もあって理屈通りにはいきません。
したがって、次の点に注意して、検討や交渉などの各種作業をていねいに進める必要があります。
M&A成功のポイント1 なるべく早く検討を開始する
M&Aではタイミングが極めて重要です。
同じ条件でも、時期が悪いと話がまとまらないこともよくあります。譲り渡す側の企業、譲り受ける側の企業の両社にとってのベストタイミングを計る必要があるので、余裕を持って交渉を開始する必要があります。
また、交渉は長引く可能性もあります。したがって、事業承継の検討はできるだけ早めに始めたほうがよいでしょう。
M&A成功のポイント2 最後まで秘密厳守に徹する
M&Aの際、最も警戒すべきは従業員です。
不正確なうわさが流れでもしたら、従業員が非常に不安になり、日々の事業運営にも支障が出るおそれもあります。そうなってしまうと、事業価値が低下して売却できなくなってしまいます。
また、交渉が進むと、お互いに企業の機密情報に接することになりますが、途中で交渉が決裂することもあります。
その場合、ほかの候補へ交渉先を変えることになりますが、候補先の企業同士が競合している場合も少なくありません。交渉段階で知り得た情報は絶対に漏えいしてはならず、M&Aの成約前に信用を失ってしまいます。
M&A成功のポイント3 優良な仲介業者を選ぶ
譲り受け先のあてがある場合でも、デューデリジェンス(企業の資産価値の評価)をきちんと行い、客観的に算定された対価額に基づいて契約を進めておきます。そうしないと、後でもめる場合も少なくありません。
したがって、当事者間だけでのM&Aの完結はむずかしく、優良な仲介業者選びがとても重要になります。
中小企業は、自社の人脈だけで仲介業者を探すのはむずかしいため、各都道府県にある事業引継支援センターを利用することをお勧めします。
いきなり引継相談をするのに抵抗がある場合には、まずは、地域に密着している中小企業診断士会、あるいは商工会・商工会議所等の支援機関にご相談ください。
また、個人事業主の場合には、法人主体の事業売買が成立しませんので、後継者をあっせんしてもらえる「後継者人材バンク」を活用することもできます。
M&A成功のポイント4 自社を磨き上げる
親族への承継の場合では、節税対策のために自社評価額を下げる方策をとる場合があります。
しかし、M&Aの場合は逆です。
なるべく高く売れるように、会社の評価額はできるだけ上げておきたいものです。そのためには、より魅力が出るように、自社事業の磨き上げが最後の大仕事になります。
たとえば、安全性・収益性・生産性の指標値をよくするなど、財務状況をできるだけ改善しておくことや、不良資産がある場合には早めに処理しておく、借金はできるだけ減らしておくなどの事前準備を心がけましょう。
プロフィール
一般社団法人 多摩経営工房(多摩ラボ)
中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、ITコーディネータ等の資格を持つプロのコンサルタント集団で構成されている。
さまざまな分野や業種での実務経験が豊富な専門家が、日本経済を支える中小企業の役に立ちたいという強い意思と情熱を持ち、また日本の中小企業が持つ優れた技術やサービスを広く海外に展開し、国際社会にも寄与すべく以下の活動を行っている。
- 多摩地域の企業の経営課題解決のため、地元密着でサポート
- 企業と行政・金融機関などを繋ぐパイプ役として、また専門的知識を活用した中小企業施策の活用支援など、幅広い活動を通して企業発展を支援
多摩経営工房(多摩ラボ)ホームページ
http://tama-labo.jp/
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