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事業承継、ソコが聞きたい! 第15回 役員・従業員への事業承継(1) 社内承継のメリットやデメリット、後継者の選定と育成

 

親族内に後継者が見あたらない、会社を継ぐ意志がないなどの理由で親族内承継がむずかしい場合、親族外の後継者や事業者に事業承継することができます。
今回からは、親族以外の役員や従業員への事業承継を中心に解説していきます。

目次

役員・従業員への事業承継

たとえ親族内に後継者がいたとしても、無理をして適任ではない者が事業を承継した場合、後継者本人にとっても、またその下で働く従業員にとっても不幸を招きかねません。
会社をゴーイングコンサーン(継続企業)と考え、よりよい形で次世代に引き継ぎができるよう考えるべきです。

親族外への事業承継には、役員・従業員への承継と社外への承継(事業売却)がありますが、ここでは役員・従業員への承継について解説します。

なお、親族内承継の数は減少しており、親族外への事業承継の割合が近年増加しています(中小企業庁「中小企業白書」)。また、2016年4月に承継円滑化法が施行され、親族外へ承継しやすい環境が整備されてきたため、今後もこの傾向は続いていくと考えられます。

【形態別事業承継の推移】

形態別事業承継の推移

資料:( 株)帝国データバンク「信用調査報告書データベース」、「企業概要データベース」再編加工。約 160 万社の企業情報において、代表者の変更年(就任年)及び就任経緯が判明している企業のデータにより作成。(2012 年で約15,000 社)

(注)

  1. 承継形態が「創業者の再就任」、「分社化の一環」、「出向」並びに「不明」の企業は除いて集計している。
  2. 「内部昇格」とは、経営者の親族以外の社内の役員や従業員が経営者に昇格することをいう。
  3. 「外部招へい」とは、当該企業が能動的に外部から経営者を招くことをいう。
  4. 「買収」とは、合併又は買収を行った企業側の意向により経営者が就任することをいう。
  5. 就任経緯は企業の申告による。したがって、他の会社から転ずる形で今の会社に入り、何年か働いた後に経営者に昇格した者も「内部昇格」に含まれている可能性がある。
(出典:「中小企業白書」2014年)

役員・従業員承継のメリット

役員・従業員へ承継する場合にも、メリットやデメリットが存在します。
役員・従業員承継のメリットは次のとおりです。

役員・従業員承継のメリット(1) 会社を存続できる

事業に利益が出ていて業績が堅調に推移している状態でも、後継者不足のために廃業を選択するケースもあります。
しかし、親族内に適切な後継者がいない場合でも、親族外の者を後継者として事業を託すことで、現社長が長年育ててきた会社を存続させることができます。

役員・従業員承継のメリット(2) 後継者の適性を見極めることができる

親族以外から後継者を選ぶ場合、社内の役員や従業員であれば、それまでの役員としての働きを見たうえで、経営者としての能力を見極めることができます。

役員・従業員承継のメリット(3) 経営の継続性を保ちやすい

M&Aにより他社に経営権が移った場合とくらべ、役員・従業員への事業承継は事業の継続性が保たれます。
現社長の想いや社風を理解した役員・従業員が事業を承継するため、事業の方向性が極端に変更されることは考えにくく、経営の継続性が保たれやすくなります。

役員・従業員承継のメリット(4) 従業員やノウハウの流出が少ない

M&Aで事業承継した場合、これまでの会社の文化とは異なる文化の影響を受けます。その結果、新たな社風になじめずに、優秀な従業員が辞めてしまうリスクがあります。そして、これまでの社内のノウハウや無形資産が社外へ流出するリスクがあります。
しかし、役員・従業員への継承では、そういったノウハウの流出の可能性が抑えられます。

役員・従業員承継のメリット(5)現社長は経営の重圧から解放される

株式を譲渡して、所有と経営を分離させた場合、現社長は経営の重圧から解放されます。
所有と経営の分離をさせる時は、経営権を役員・従業員に移しても、現社長が一定の株式を持ち続けたり、黄金株を持ったりしておくことができます。
こうしておけば、会社経営に影響力を残しておきながらの所有と経営の分離が可能です。

役員・従業員承継のデメリット

役員・従業員への承継にはデメリットもあります。
特に親族株主との関係や各種資金の問題、社内分裂などのリスクについて検討する必要があります。

役員・従業員承継のデメリット(1)親族株主の了解が必要

役員・従業員へ事業を承継することについて、現社長は早期に親族株主間の了解をとる必要があります。
親族株主と親族外の承継者が対立した場合、会社の分裂や混乱を招き、会社運営に支障が出ることがあります。

役員・従業員承継のデメリット(2)後継者に多額の資金が必要

一般に「経営権=株式」なので、会社株式を後継者に集中させることが経営権の安定化につながります。
ただし、現社長から後継者の役員・従業員に株式を譲渡する場合、後継者は大量の株式を購入する必要があり、その資金が多額になることがあります。

役員・従業員承継のデメリット(3)後継者の家族にも配慮が必要

多くの場合、経営者は個人資産を担保として事業を行います。
そのため、後継者だけでなく、その家族にも、現社長自らが会社経営のリスクや事業の将来性を説明するなどの配慮も必要となります。

役員・従業員承継のデメリット(4) 利害関係者との関係性の維持が必要

役員・従業員への承継は信用力が低いため、それまでとできるだけ変わらない支援を受けられるような準備が必要です。
親族内承継以上に、金融機関や取引先など、利害関係者に対して十分な説明が必要となります。
特に金融機関に対しては、今後の借入条件などにも影響するため、現社長がことさら時間をかけて説明して、関係性の維持に心を砕くことが重要です。

役員・従業員承継のデメリット(5) 派閥の社内分裂の可能性がある

社内の後継者に対抗する役員や社員がいる場合や、社内に現社長の親族がいる場合などでは、社内派閥が形成されることがあります。
派閥によって社内が分裂して、後継者の意思決定・会社運営に支障をきたすことが考えられます。

役員・従業員承継のデメリット(6) 会社の負債を減らす必要がある

事業承継までの会社経営の責任は現経営者にあります。

現経営者が実施した会社借入を役員や従業員に負担させるのは酷なことです。

現経営者が承継前に借入金を減少させておく、あるいは、承継後も現経営者がそれまでの会社借入を返済していく努力が必要です。

役員・従業員後継者の選定

後継者には資質と能力が求められます。
現社長は候補者について、後継者としての資質と能力をよく勘案して、最終的に後継者を決定すべきです。
また、後継者決定後は現社長が後ろ盾となり、できるだけ計画的に細かく後継者をフォローしていくことも必要です。

後継者に求められる資質

後継者に求められる重要な資質は、人間性がよいこと、心身ともにタフであること、前向きで行動力があること、リーダーシップがあること、客観的に捉える素直な心などです。
それに加えて、役員・従業員承継の場合は、高い使命感も求められます。

後継者はそれまで統制していた範囲を超えて、会社全体について責任を持つことになります。
承継後は、あらゆる困難を乗り越えて、すべての責任を一身に負って事業を行っていく覚悟が求められます。

後継者に求められる能力

後継者となる人物には、会社全体を統制していく経営者意識と計数管理能力が求められます。
そして現在の職務への深い知識と高い遂行能力、そういった能力を社内からも認められている必要があります。
発言力がある役員・従業員が後継者になることで、リーダーシップを発揮しやすくなり、事業承継がスムーズに進みます。

後継者の育成

後継者となる人物の選定後は、後継者を育成する段階となります。
経営者は、後継者の後見人として、サポートをしていくことが重要です。後継者育成計画を定め、必要とされる資質や能力の獲得、強化につとめて、経営理念の承継や、会社経営に必要な知識の習得を図ります。

経営理念の承継

これまで事業を取り仕切ってきた現社長や創業者の想いは無視できません。そのような経営理念を無視した経営は、利害関係者からの賛同を得られなくなります。
現社長から後継者である役員・従業員へ経営理念を承継し、それに基づいた会社経営を行うべきです。

会社経営に必要な知識の取得

親族内承継と同様に、後継者は会社経営に必要なさまざまな知識を習得する必要があります。
事業構造に関する知識、財務に関する知識などをはじめとして、必要に応じて外部コンサルタントを活用し、計画的に後継者への教育を進めます。

後継者に必要な役割や知識の育成

後継者の育成には次のような役割を与えて、知識や意識を育成していく必要があります。

後継者の育成(1) 組織横断的な役割の付与

後継者について、役員・従業員という立場から、経営者の視点に変える必要があります。
そのため、自分が担当している部門だけでなく、全体の各部門についての理解を深める必要があります。
複数の部門の長を兼任させるなど、組織横断的な役割を与え、社内の役割や体制の把握など事業構造に関する知識の習得を図ります。

後継者の育成(2) 資金繰り表と経営計画の作成

会社経営に必要な計数管理能力を育成するため、また、経営判断能力を開発するために、まずは後継者に資金繰り表を作成させます。
これにより自社の月々のお金の流れを確認することができ、経営状態を把握できます。

また、次の段階として5か年の中期経営計画を作成します。
自社が成長していくために必要な売り上げや利益の計画を定め、月次でどの程度誤差が出ているのか、その理由は何かを分析して、計画達成の方策を毎月修正していきます。
これらの作業を通じて、計数管理能力、経営判断能力を養います。

はじめは後継者と現社長が経営計画を作成して、フォローするような体制づくりも重要です。
二人三脚で経営を行う期間を設けるなど、後継者が経営者として脱皮を図れるようにします。
必要であれば、外部の助けを借りながら、計画的に育成します。

【事例 従業員への承継の例】

東京都郊外にあるD社は、創業から40年の精密機械加工業社である。
従業員は40名ほどながら優れた特許技術を有しており、超微細精密加工技術の分野で国内有数の企業となっている。

この会社の社長であったA氏は高齢を理由に、同社社員で自分とは血縁関係のないB氏に社長の座を引き継いだ。
新入社員として入社し、A氏のもとで技術を習得したB氏は、だれよりも仕事に熱心でていねいだったためである。
B氏も「少人数でありながら日本市場だけでなく世界を相手にトップ企業を目指すA氏の姿に感銘を受けた」と語っており、意気に感じての社長就任であった。

A氏は、事業承継し会長となった後もB氏のサポートに努めた。
A氏とB氏が一緒に同業者との会合や学会に参加するなど、長年かけて築いてきたA氏の人脈を、社長となったB氏へ引き継ぐことに力を注いだ。

また、B氏も経営者としてさまざまな出会いを通して、会社にとっては顧客からの信頼向上が何よりも重要であると考えるに至った。
そのため、D社では新入社員時から社員教育に力を入れて、多くの社員に国家技能検定などの資格を取得させたり複数工程を担当させたりするなど、専門性と広い視野を両立させる取り組みをはじめた。
また、技術だけではなく、人とのつながりを重視した社員教育を行い、お客様からのさまざまな質問や要望に応えられる顧客から信頼される人材の育成に力を入れた。

こうした取り組みもあり、D社は、B氏への事業承継後もの増収増益を続けている。

 

プロフィール

一般社団法人 多摩経営工房(多摩ラボ)

中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、ITコーディネータ等の資格を持つプロのコンサルタント集団で構成されている。
さまざまな分野や業種での実務経験が豊富な専門家が、日本経済を支える中小企業の役に立ちたいという強い意思と情熱を持ち、また日本の中小企業が持つ優れた技術やサービスを広く海外に展開し、国際社会にも寄与すべく以下の活動を行っている。

  • 多摩地域の企業の経営課題解決のため、地元密着でサポート
  • 企業と行政・金融機関などを繋ぐパイプ役として、また専門的知識を活用した中小企業施策の活用支援など、幅広い活動を通して企業発展を支援

多摩経営工房(多摩ラボ)ホームページ
http://tama-labo.jp/

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プロフィールページ:落合 和雄(落合和雄税理士事務所)

 

 

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