観光業(旅行業、宿泊業)経営のリスク管理
観光業には主に旅行業や宿泊業がありますが、こういった業種を営んでいる場合にはさまざまなリスクに注意が必要です。
旅行先でお客様がトラブルに巻き込まれるケースもあれば、宿泊中に事故や事件が発生するケースもあります。天変地異による影響、クレーマー問題や代金不払いトラブル、キャンセルのトラブルなどもあるでしょう。
今回は観光業(旅行業、宿泊業)において想定されるリスクや日頃からできるリスクマネジメントの方法をご紹介します。
目次
1.観光業に関わる方へ
1-1.旅行業者の方へ
旅行業は、人々に「非日常」や「得がたい経験」「出会い」を与えられる素晴らしい仕事です。ふだん忙しく働いて神経をすり減らしている人も、休暇中に旅行をすることで非日常を味わいリフレッシュできます。旅行先でさまざまな体験をし、今まで会ったことのない人々と出会って交流し、人生経験や考え方を深めていくことも可能です。
ただ旅行先ではさまざまなトラブルも発生します。旅行業者としては事故が発生しないように細心の注意を払わねばなりませんし、万一の際のスムーズな対応も要求されます。
自社従業員への配慮も必要ですし、景気変動による客足の低下リスクも大きくなります。
1-2.宿泊業者の方へ
宿泊業は、人々に「安息」や「リフレッシュ」「非日常」を与えられる業種です。
毎日のルーティーンに疲れた人も、風情のある旅館に宿泊して温泉につかれば気持ちもリフレッシュできて新たな気持ちでがんばる活力を得られます。
宿泊したホテルや旅館のおもてなし1つで、一生忘れがたい貴重な思い出となるケースもあります。
ただ宿泊中にトラブルが発生するケースも多々ありますし、クレーマーも存在します。景気の変動によって宿泊客が激減することもあるでしょう。
観光業の経営を安全に進めるには、それぞれに内在するリスクを把握して日頃からリスク管理に取り組む必要があります。
2.旅行業に内在するリスクや問題点
旅行業を営んでいる場合、以下のようなリスクに注意が必要です。
2-1.旅行業法による規制
旅行業には「旅行業法」が適用されます。
報酬を得て旅行を手配したり企画募集したりする場合、必ず「旅行業者としての登録」をしなければなりません。旅行業者には「第1種」「第2種」「第3種」「地域限定」の種類があり、それぞれ手配や企画できる旅行の範囲や登録要件が異なります。たとえば海外旅行を取り扱うには、必ず第1種旅行業者の登録が必要です。また旅行業者の代理をするだけでも「旅行業者代理業」の登録をしなければなりません。無登録で旅行業を行うと罰則も適用されます。
たとえばこれまでは第3種だった旅行業者でも、業務範囲を広げるなら第2種、第1種の登録が必要になります。そのようなとき、きちんと都道府県知事や観光庁長官に申請して登録していないと法令違反となってしまうため、注意して下さい。
2-2.旅行先での安全管理
旅行先では事故が発生するケースも多々あります。きちんと安全維持のための対応ができていなかったら旅行会社側に責任が発生して莫大な賠償金支払い義務が発生する可能性もあります。 たとえば以下のような対応が必要となるでしょう。
- そもそも危険な行程を組まない
- 外務省などから「危険な渡航先」と指定されたら旅行の催行を停止する
- 旅行先での安全管理対策を徹底する
2-3.旅行先で事故やトラブルが起こった時の対応
旅行先では不可避的に事故やトラブルが発生するケースがあります。
たとえば以下のような場合です。
- お客様がけがをした
- お客様どうしでトラブルが発生した
- 疲れて工程に着いてこられないお客様が発生した
- パスポートの盗難
- 添乗員の誘導ミス
- お客様が行方不明になった
- お客様が病気にかかった、死亡してしまった
- 旅行先で火災、台風、地震などの災害が発生した
- 交通封鎖された
- 旅行先の政治変動により身動きが取れなくなった
旅行業者としては、状況に応じた適切な対応を要求されます。
2-4.旅行行程管理
企画型のツアー旅行などの場合、旅行行程をしっかり管理する必要があります。行程をきちんと進められなかったらお客様からクレームが来ますし、「いい加減な対応をする会社だ」と評されて利用者が減ってしまうでしょう。そもそも無理な行程を組まないよう、プラン作りの段階から工夫する必要もあります。
2-5.労災
旅行業では自社従業員の労災対策も重要です。旅行先でお客様の引率中にけがをするケースもありますし、渡航先によっては感染症などにかかるリスクも高くなります。
2-6.長時間労働
旅行業では従業員の労働時間が長くなりがちで管理も難しくなります。たとえば添乗員などの場合、内勤事務作業の従業員と異なり「1日8時間、1週間40時間の法定労働時間」を適用するのは困難となるでしょう。またアルバイトやパートなどの短時間労働者や季節労働者も多くなる傾向があります。
事務対応を行う職員も、窓口対応、電話メール対応、宿泊やツアーも予約手配、イベント運営など、さまざまな対応に追われて激務になりがちです。
労働基準法違反となってしまったら労働基準監督署の臨検調査が入って指導勧告を受けたり、悪質とみなされると刑事罰が適用されたりする可能性もあるので注意が必要です。
2-7.景気変動によるリスク
旅行は人間が生きるために「必須」ではありません。不況になると旅行に出る人は一気に減ります。また感染症の蔓延などの要因で旅行業界の景気が冷え切ってしまうケースもあります。経営が苦しくなると倒産リスクも発生するので注意が必要です。
2-8.キャンセル問題
旅行は申し込んでから実際に出掛けるまでに日数があるので、その間に予定や気持ちが変わって「キャンセル」する人も多数います。
旅行会社としてはむやみにキャンセルされると予定が狂い、収入も減ってしまいます。キャンセルされたら「キャンセル料」を請求できますが、キャンセル料を適用できる「期間」や「金額(割合)」の上限は観光庁の「標準旅行業約款」によって定められているので守らねばなりません。
国内ツアーなら旅行開始日の20日前からキャンセル料が発生、海外ツアーなら旅行開始前40日前からキャンセル料が発生し、料率はキャンセル日によって異なります。
約款に違反しないようキャンセル料を設定・運営しましょう。
2-9.クレーマー
お客様に楽しんでもらおうと企画手配した旅行でも、クレーマーはどうしても発生します。
どんなに良い旅行を提供しても「最低だった」「旅行に行ったら体調が悪化したから慰謝料を払え」「聞いていた説明と違っていたから返金してほしい」などと不当要求をしてくる人が存在します。
こうしたクレーマーに対しどのように対応していくかも旅行業者に課された課題と言えるでしょう。
3.宿泊業に内在するリスクや問題点
宿泊業には、以下のようなリスクや問題点があります。
3-1.旅館業法による規制
宿泊業には「旅館業法」による規制が及びます。料金をもらって人を宿泊させる場合、必ず旅館業法による営業許可を得なければなりません。そのためには都道府県の定める換気や採光、防湿や衛生などの基準を満たしている必要があります。
また登録後も環境衛生監視員が衛生基準に従って運営しなければなりません。ときおり、報告を求められたり立入検査が行われたりするケースもあります。
ホテル、旅館、簡易宿泊所、下宿等を営む場合、旅館業法による規制内容を正しく知り、しっかり守って運営しましょう。
3-2.宿泊中の安全衛生管理
宿泊業では、宿泊中のお客様の安全や衛生管理が非常に重要です。お客様がけがをしたり病気にかかったり体調を崩したりすると、業者側に責任を問われる可能性があります。
きちんと衛生管理できていなければ、行政処分で営業停止処分を受けたり営業許可を取り消されたりするおそれもあり注意が必要です。
3-3.宿泊中に事故やトラブルが起こった時の対応
宿泊中、不可避的に事故が発生するケースもあります。たとえば火災や台風、津波などの天災が起こることもありますし、持病のあるお客様の調子が急変するケースなども考えられます。
従業員のミスでお客様にけがをさせたり、お客様の持ち物が盗難に遭ったりするケースもあります。トラブルが起こったときの対応も事前に検討しておく必要があるでしょう。
3-4.労災
お客様だけではなく自社従業員への配慮も必要です。清掃中に転倒してけがをした、料理や布団を運んでいるときにカートが暴走してけがをした、お客様とトラブルになって殴られたなど、さまざまな労災事故が考えられます。
3-5.長時間労働
旅館業でも従業員の長時間労働が発生しやすくなっています。特に近年では人手不足が深刻になり、1人1人に加重な負担がかかりやすくなっています。
労働基準法の定める上限を超えてはならないことはもちろんのこと、法廷時間外労働をさせたらきちんと残業代を支払いましょう。
3-6.景気や季節変動によるリスク
旅館業も不況による影響を受けやすい業種です。加えて「季節性」が強く、GWや夏休み、お正月、スキーシーズン、卒業旅行のシーズンなどは盛況となりますが閑散期にはまったく人が訪れない、というケースが少なくありません。
経営不振に陥ってしまわないように日頃からリスク管理を求められます。
3-7.代金不払い
宿泊業では、お客様の代金不払いによるトラブルも多数発生します。チェックアウトの際に支払を受けられず、そのままになって時効で請求できなくなり、損失がかさんでいくケースもあります。
3-8.キャンセル問題
せっかく予約を受けて部屋を空けていても、キャンセルされてしまうと損失が発生します。
そうした場合に備えてキャンセル料の設定をしている会社も多いでしょう。
ただキャンセル料には「消費者契約法」が適用されるので「業者側に発生する平均的な損害額」を超えて請求することはできません。
「どのような場合でも返金は一切行わない」など「常に100%」のキャンセル料設定をしていると、無効とされる可能性もあるので注意が必要です。
3-9.クレーマー
宿泊業でも無理な要求をしてくるクレーマーは存在します。「設備の不備によってけがをした」「体調が悪くなった」「このサービスでこの料金は高すぎる」など、さまざまな難癖をつけられる可能性があるので、事前に対応を検討しておきましょう。
3-10.風評被害
最近ではネットの口コミサイトで宿泊先を選定する人が増えています。「宿泊してみたけれど、この旅館は最悪だった」などとネットに書き込まれると、大きな風評被害が発生するリスクがあります。
4.両者に共通する問題
以下のような問題は、旅行業、旅館業に共通するものといえるでしょう。
- 安全管理
- 事故対策
- 景気変動への対応
- キャンセル問題
- クレーマー問題
- 労災
- 長時間労働
他にもいろいろ共通部分があるので、以下ではまとめて経営者が日頃からできる対策方法をご紹介していきます。
5.観光業の経営者が普段からできる対策方法
5-1.法律を正しく理解しコンプライアンスを遵守する
旅行業者には旅行業法、宿泊業者には旅館業法が適用されます。
自社の営業内容に応じて登録を行い、営業許可を受けて営業を行いましょう。
また登録、許可取得後もいい加減な運営をしていると業務停止となったり登録・許可を取り消されたりするおそれがあります。法律による規制内容を正しく知り、コンプライアンスを遵守して経営していく必要があります。
5-2.安全管理
旅行業でも宿泊業でも、安全管理は非常に重要です。お客様に危険を発生させると莫大な損害賠償請求をされるリスクが高まります。
以下のような方法で安全衛生管理を徹底しましょう。
- トップが自ら安全衛生の重要性を日頃から強調し、従業員に意識づけを行う
- そもそも危険性のある旅程を組まない
- 安全衛生基準の設定と遵守
- 現場従業員への周知徹底
5-3.有事の際の対応マニュアル作りと従業員への周知徹底
旅行中や宿泊中の事故に備えた対応も必須です。さまざまなリスクを想定した対応マニュアルを作成しておきましょう。
火災が発生したとき、お客様がけがをしたとき、お客様同士でトラブルが発生したとき、旅行先で政変が起こった場合など、あらゆる場面を想定しておく必要があります。
マニュアルは従業員に周知徹底しなければ意味がありません。折に触れて現場従業員に研修や説明を行い、いざというときに必ず実行されるようにしましょう。
5-4.適切な労務管理
自社従業員に違法な長時間労働や過重労働をさせると、労働基準法違反のリスクが発生します。きちんと法律に従った労務管理を進めましょう。
36協定を始めとする労働協定の締結、労基署への届出、残業時間の管理、適正な残業代の支払いなどは当然です。有給取得も義務化されたので、一定以上勤務年数のある従業員にはきちんと有給をとらせましょう。
労働関係法令は近年頻繁に改正されているので、法改正内容をしっかり追いかけていくことも重要です。
5-5.クレーマー対策
旅行業でも旅館業でもクレーマー対策が重要です。適切に対応するには、あらかじめクレーマー対策マニュアルを作り、担当従業員を決めて徹底的に準備しておくことです。
その場しのぎの適当な対応をしているとトラブルが悪化してしまうので、しっかり対策しておきましょう。
5-6.適正なキャンセル規定作り
旅行業でも宿泊業でも、キャンセル問題は深刻です。直前にキャンセルされて損失が膨らまないように、適正なキャンセル規定を作っておきましょう。
旅行業では標準旅行業約款によってキャンセル料の上限が決められているので守らねばなりません。宿泊業でも消費者契約法の規制に適合する必要があります。
自己判断で規定を作るのが不安であれば、弁護士に相談して規定を作成してもらいましょう。
5-7.従業員教育や評価制度
安全衛生管理、事故対応、クレーマー対策、お客様対応など、旅行業や宿泊業に携わる現場の従業員には身に付けておくべきスキルがたくさんあります。
入社時からしっかりと研修等を行い、人材育成に取り組みましょう。
各種のマニュアルを作って周知させ守らせることはもちろん、お客様から評価の高い従業員に表彰制度などをもうけるのも良いでしょう。
5-8.保険への加入
旅行業、宿泊業では不可避的にさまざまな事故が発生するものです。火災発生時やお客様に迷惑をかけたときの損害賠償など、業者側に莫大な支払い義務が発生するケースも少なくありません。そうした場合に備えて「保険」加入が必須です。
旅行業者や宿泊業者に向けた事業用の保険があるので、各社の補償内容を比較検討して必要な範囲で加入しておきましょう。
5-9.不況に備えた対策
旅行業でも宿泊業でも不況への対策が必要です。急に客足が途絶えたときに経営不振によって倒産、とならないよう、日頃から対応策を検討しておきましょう。
たとえば多角的な営業をしていると、リスクを避けやすくなります。一時的なブームで外国人観光客が多いからと言って外国人観光客ばかり受け入れていると、何かあったときに一気に客足が途絶えますが、それ以外のお客様もたくさんいればそちらからの収入が維持されます。
旅行業においても、特定のターゲットや旅行先ばかりではなくさまざまな商品を取り扱っていればリスク軽減となります。
それでも経営状態が悪化したら、リストラなどの企業再建対応が必要となってきます。
5-10.顧問弁護士、顧問税理士の活用
日頃から正しく法律を守って運営するために顧問弁護士を活用するのは有効です。
弁護士がいたら各種規約やマニュアルの作成を任せられ、コンプライアンスを遵守した運営が可能となります。労働時間や労災対応も相談できますし、経営不振になったときのリスケジュールの交渉なども任せられます。不良債権の回収、風評被害対策も可能です。
顧問税理士がいれば日常的な税務相談や決算時の対応を任せられますし、融資の借り換えなどの際にも力を発揮してくれるでしょう。
観光業は現代社会において非常に重要な業種ですが、リスクも高いので経営の際には注意が必要です。まずは企業の法務や税務に詳しい弁護士や税理士に相談し、顧問契約を検討してみてはいかがでしょうか?